ピアスの歴史

アジアのピアス

日本でも現存する最古のジュエリーとして青函トンネルの北海道側入口近くの遺跡の墓(旧石器時代)で発見されました。それはネックレスのヘッド部分と考えられていますが、装飾品としてはイヤリングが最も古いとされていることから、当時もイヤリングが存在したのではないかと考えられます。イヤリング(耳飾)としては「耳環」や「金環」などと呼ばれる環状、輪状のものの開口部を耳に挟むタイプのものが古墳時代の中期以降に多く出土しています。

それは金属の弾力だけを利用したもので耳たぶをはさむタイプのもので、きっと落ちやすかったのでしょう。悪魔よけの意味であるなら、取れやすくては意味がないように思ってしまいます。同じく出土された「耳玉」と呼ばれるいくつかの玉を紐などで連ね、外耳に固定する装身具は装着方法が不明のままですが、「耳環」や「金環」などでは重さに耐えられなかっただろうと思われます。また「垂飾付耳飾」という環状に鎖が付いたものや、その鎖に様々な飾りが付いたものが発見されています。

それらは中国大陸から伝わったといわれています。また、埴輪には耳にピアスの穴と思われる穴があいたものも発見されていますので、やはりピアスはあったのだろうと推測出来ます。仏教の開祖として知られるブッダ(悟りを開くとか、目覚めるという意)は、ゴータマ・シッダールタという名の釈迦族の王子。生没年の説は紀元前463?~紀元前383年頃、紀元前566?~紀元前486年頃、紀元前 624?~紀元前544年頃とハッキリしていませんが、ピアスをしていたことが知られています。悟りを開き、ブッダ(仏陀)となった際に最低限の衣服以外の装飾を排除したためにピアスの存在はありませんが、ブッダをモデルにしたといわれる鎌倉の大仏様には大きなピアスの穴が表現されています。

仏教用語でピアスのことを耳(じとう)、ピアスホールの事を耳朶環(じだかん)と言い、耳たぶの耳飾りは知恵や幸運を呼ぶと言い伝えられています。現在の日本でも「ピアスをすると賢くなる」説が取り沙汰されています。以上の事実を突き合わせて考えていくと、現在のイヤリングのように、スプリングやネジなどの技術のなかった太古の時代には、耳たぶに穴をあけて悪魔よけになりそうな動物の歯や骨、牙、光る石をつけたと考える方がとても自然です。

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